by ol-_-ol-3-3-3
震災を忘れない2012 春 ③【岩手】
 
 
 
 
  気仙沼市から 大船渡市へ移動。
    
  
  
  線路は復旧のメドが立っておらず・・・

  もう電車は通さないという話になっているそうですね。

     

  不便だなぁ、困ったなぁ〜って思うけど
  
  その不便さを感じるのも大切なのかもしれない。 

  被災地にいるとね、自分が住んでいる世の中は便利すぎるって思う。
  
 
  
   
   
       
  大船渡市から、お友達が迎えに来てくれました。
 
 


  道中の陸前高田市で見た『奇跡の一本松』
  
  ここには2キロにわたって数万本の松が生えていたらしい。

  震災で、たった一本だけ残った松です。
    
  

 
 
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大船渡市に着くと、気仙沼市よりもガレキが綺麗に片付けられていました。
  
津波で一階部分が浸水した お友達の家。未だに大工も不足しており修復に至っていません。
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  被災当時の事を話してくれました。
 


  まず津波が来た翌日、すぐに自衛隊と米軍が駆けつけてくれたそうです。
 
  「すぐにガレキを避けて道を作り、物資を運んでくれた自衛隊に凄く感謝している」
 
  と、しきりに言っていました。
   
 
 
 
  物資を確保するのを苦労した方々もたくさんおられるようです。
 
 

  家が半分残った人も、家が全部流された人と同じ被災者です。

  でも避難所に物資をもらいに行くと

  「あなたの家は残っているのに何で物をもらいにくるのか」

  「家が全壊した者のほうが先だ」
   


  物資を巡っての全壊した人と半壊した人の妙な壁。差別。

  そんな被災者同士の言い合いが あちらこちらであったみたいです。
   
  
 
 
  物が手に入らない人達は、やがて物取りになります。

  長い棒で人の敷地のガレキを探ります。

  もちろんそれは泥棒になります。でも不審者に思われて警察に問われても

  「ここは私の敷地なんだ。物を探しに来たんだ。」と嘘を付きまぬがれる。

  そんな、なりすましが続出したそうです。

  そうして、家の金庫が盗まれ続けたそうです。
  
  
  
  仮設住宅での新たな暮らしを始め

  隣近所と気軽に声を掛け合える繋がりを作りたいけど

  全壊した人と半壊した人とでは考えも悩みも思いも微妙に違うので

  声を掛けづらく、気も遣う。
  
  色々な仮設住宅を巡りましたが、そうおっしゃる方々が多いです。
   
 
 
  テレビでは『絆、きずな』としきりに言っていますが

  本当の絆が生まれるまで、心の底からの笑顔になるまでには

  まだまだ時間がかかりそうだというのが、私の正直な感想です。
 
 
  

 

。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。★。+゚☆゚+。

  

  

 
仮設住宅に案内してもらいました。身体障害者専用の仮設です。玄関はこんなスロープ。
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  バリアフリーを期待していたんですが、お部屋を見せてもらってビックリ。
 

    
  風呂場の段差が・・・ す す すごいんだよぉぉ〜
   
  浴槽も、すんごい狭かったよぉぉ〜   
 


  でも、言いにくいとか、言っても直してくれないとかで。
 



  車椅子のおじいちゃんは、仮設のお風呂は危険だからって

  デイサービスを頼んで、お風呂入りに行ってるんて。
   
 
  これは・・・私でも転んじゃうなぁ。
 
  
 
  


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  今回、訪問させていただいた身障者仮設は公園の中に建っています。
  
  このように小規模仮設で、5家族が住んでおられます。
 
   
 
  
  
  朝から、支援員さんが帰る夕方5時まで

  談話室でずっとお茶会がひらかれているみたい。
  
  談話室でお茶をいただいていると

  『おはよう〜!』って、次々に皆さん来られるんです。 
  
 
 
  皆さん本当に仲が良いんですよ.+☆。
  
  
 
  
 

  
談話室の壁には、お誕生会や タコ焼きパーティーなどの写真。
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支援員さんお手製の『がんづき』をいただきながら 毎日こんなかんじ!楽しい!
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  この場で、演奏させていただいたのです。
    
  
  30分ぐらい、ホルンの音色を楽しんでいただきました。
  
 

  最後に『ふるさと』
 
  正直、選曲の時に 演奏しようかどうか本当に迷った曲なんです。

  でも、あえて演奏させていただきました。
  
    
  

  ふるさとを歌いながら、泣かれていたおばあちゃん。
     
  『全部流れたけどねぇ、ふるさとは無くなったけどねぇ

   思い出はあっからねぇ・・・』
   
  

  そのおばあちゃんの言葉に、周りの皆さんも うんうんって

  うなずかれていました。
 
  
 
  

 

小さなお部屋でも、このように どうにかして吹きます。全然問題ないです。
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  仮設の皆さんから

  『津波てんでんこ』という言葉を教えていただきました。
  
  津波が来たら、取る物も取り敢えず、肉親にも構わずに

  各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ。

  自分の命は自分で守れ。

  他人を助けられなかったとしても、それを非難しない・・・という意味だそうです。
 
 
   
  
  『通帳を取りに帰った人や親を助けに行った人は

   みんなやられちゃったよ。』
  

  『津波って綺麗な水じゃないからね。ヘドロだからね。

   飲んじゃったと同時に動けなくなって死んじまうんだ。』
  

  『畳ってのは浮くんだね。

   私は首まで浸かったんだけど、畳で助かったよ!』 

   
  『海が引いたら、すぐに津波はやってくるんだよ。』
  

  『この災害で、身障者はどうやって逃げて助かったのか

   データを集めている最中で、いずれは本にしたいと思ってる。』
    
    
  

 
    
  がんずきを食べながら、時には笑いながら、そして泣きながら

  色々なお話を聞きました。
   
 
  『とにかく津波がくるまでに少し時間があるから

   その間に高台に逃げなさいよ!絶対に逃げなさい!』と。 
    

  これを帰って一番に 周りの人に伝えなさいと。 
 
 
   

  不便な暮らしの中で、笑いながら

  そして助け合いながら生きていらっしゃいました。
  
   
  
  
  
 
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  4泊5日の被災地訪問を終え、1日かけて新幹線で帰宅。
   

  
  帰りの新幹線は、強風のため途中で止まってしまいました。
  
  1時間ぐらい停止したかな。

  昼ご飯を買う暇がなくて大変だったけど・・・
   
  支援員さんが持たせてくれた大量のがんづきで、空腹を満たす事が出来ました。
  
 

  
  東北の皆さんの、おもてなしの心

  そして、ふるさとを愛する気持ちって、本当にハンパなかったです。
   
  すごく あたたかかったです。ありがとうございました。
   


  東北も、あと少しで春ですね.+☆。
 
 
   
 
 
 
 
 
 
by ol-_-ol-3-3-3 | 2012-04-03 19:29 | ・演奏 ─ 震災を忘れない
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蔵田亜由美の音楽活動ブログです。フレンチホルンとアルプホルンを吹きます。フリーで活動中。病院、施設、飲食店、イベントステージなどに出演しています。